いやぁ、凄かった。
まさかツール2020がこんな劇的な決着の形に終わるとは予想していませんでした。
だから自転車ロードレースを観るのは面白いんです。
目次
ツール2020第3週ステージ毎の感想
まず、休息日明け第3週のPCR検査での陽性者が0人だったことに安心しました。私も、おそらく関係者達も途中にツールを去るチームが絶対にあると思っていました。
これはまさに奇跡という他ありませんが、感染症対策を徹底すればコロナ禍でもこういう大規模なイベントを開催することが出来るのだというケースを示してくれたと思います。
これはスポーツ界のみならず世界の人々に希望を与えたと思います。
そしてレースでは第2週の終わりにずば抜けていたスロベニア勢同士の戦いと、表彰台争いに向けての各エースのアタックがどうなるかというところが注目ポイントでしたが、最後のTTがまさかあのような劇的決着になるとは予想が着きませんでした。
もう恥ずかしい事前予想は止めた方がいいですかね……^^;
stage16
アルプス決戦の1日目。
頂上ゴールが設定されているものの、コースレイアウトの数値的には差がつきにくい感じだなぁと思っていたのですが、実際映像で見る感じでも差がつきにくいレイアウトでした。
次のステージが今大会のクイーンステージであることもあって、ここで大きな動きを見せるチームはありませんでした。
というより、ユンボのコントロールが強力すぎるためどのチームも主導権を中々握ることが出来ない様子でした。
最後に「スーパーマン」ロペスが勢いよく飛び出したものの、そこに差が着くことはありませんでした。
やはり、ゴール手前に差し掛かってからのタイミングでの攻撃では中々致命的な差は着きませんね。ユンボのコントロールがえげつないです。
stage17
今大会のクイーンステージです。
超級山岳2つというシンプルな「山」というレイアウトに加え、最後のロズ峠は激坂続きの最凶の山岳、最高勾配は24%・標高は2304mというバカ坂です。
こんな山がフランスあったんですね。ツールらしからぬ勾配です。見た目の数値だけでもとんでもないのに、それを登った選手達はどれほどだったのでしょうか。
リッチー・ポートがレース後に「キャリアの中で一番厳しい坂(意訳)」というのも頷けます。
そして勝負は当然そのロズ峠で激化することは必然だったのですが、手前のマドレーヌ峠から動き始めます。第3週にしてようやくやってくれました。
ランダ率いるバーレーン・マクラーレン。
バーレーンは最初のマドレーヌ峠でペースアップを行い、厳しい山岳ステージを更に厳しい戦いにする作戦を決行しました。
最後の険しい山岳で限界値を超えてしまう上位の選手がいれば、それだけ大きな差を取り返すことが出来ます。
ユンボのペーシングではマドレーヌ峠は比較的どの選手も楽に超えてしまうので、それを嫌った動きでした。
これは解説ではランダの表彰台を狙う動きと言われていましたが、私は優勝を取りに行く動き、少しでも可能性があるならば攻めるというランダとバーレーンの意地を感じた作戦であると思いました。やはりランダは魅せてくれます。
そして実はここまでのステージでユンボのコントロールを前に大きく作戦を決行できたチームというのはありませんでした。それほどに今大会ユンボのアシスト陣は他のアシスト陣を圧倒していました。
それでバーレーンが前で引き始めた時に思わず画面の前で熱くなりました。ランダは自身の調子の良さと闘志があるのだと、やはりエースに相応しい選手だと。バーレーンは強いチームだと。
実際、大会を通してユンボのペースメイクによるふるい落とし後の終盤局面でアシストの枚数を集団に残すことができていたのはバーレーンだけでした。
今大会のユンボの強力なアシスト陣に対抗できるアシスト陣を備えることが出来たのは前向きな材料でしょう。最終的にカルーゾも総合10位に入るなど、チームとして機能していました。第1週の調子がもう少し良ければチーム総合も狙えたのではないでしょうか。
それは集団の先頭を引いた割合としても表れています。
実はユンボやスプリンターチームの陰に隠れてバーレーンは集団の先頭に立っていた割合がかなり高いです。レースを観ていると第2週以降は平坦ステージでも先頭に出る様子をよく見かけました。(確かユンボ24%、BORA?19%、バーレーン11%ぐらいだったはずです。)
そんなバーレーンの選手達がマドレーヌ峠を交代で引いていきます。
ちなみに恥ずかしながら今大会で知ったことなのですが、マドレーヌ峠は登り始めが10%以上で、途中からは勾配7%程度の勾配がダラダラと頂上まで続く山のようです。つまり、キツイのは登り始めだということです。
道理でマドレーヌ峠の走りはあまり面白くないなとこれまで思っていたことに合点がいきました。
そのプロフィールだとチームでペースを上げて攻撃するしかないですもんね。
それに、それだけ頂上までの距離が長ければアシストを潤沢に使えなければペースを高く保つことも出来ません。故にエース単騎での分かりやすいアタック合戦が起こりにくいということに気付きました。
その甲斐あってか、ロズ峠でUAEのデラクルスが最後にペースを上げるとA・イェーツとウランが後ろに下がります。
しかし同時に肝心のランダが最後上がりません。
調子が良くなかったんですかね……しかし、そうであればマドレーヌ峠でのペースアップ作戦は実行しないはずですから、味方のペーシングが良すぎたんでしょうか?しかし、それはランダの能力に合わせた数字として指示があるはずですよね?
ロズ峠の勾配が合わなかったのでしょうか?それとも、ジロの山が登れるのにロズ峠が合わないとなれば標高なのでしょうかね……ともかくチームのお膳立てにランダは応えることが出来ませんでした。
残念(-_-)
一方でログリッチ・ポガチャル・ロペス・ポート・クスは先の勝負へ突入します。これらの選手は第2週の最終ステージ(stage15)でも調子が良く前の方でゴールした選手達であり、休息日を挟んで第3週でも調子が上向きである(落ちていない)ことが伺えます。
前の勝負はセップ・クスがアタックを仕掛けたタイミングで起こります。
後のインタビューではセップ・クスのステージ優勝を狙ったアタックの指示だそうですが、ログリッチ的にもあそこのタイミングで自分の力を使わず状況を動かすのにはちょうどいい駒です。
唯一そのアタックに反応した「スーパーマン」ロペスがそのまま加速してゴール。続いてログリッチ、ポガチャルとゴールしました。
いやー初ツールでロペスが魅せてくれたなと思います。大会を通して大きく遅れた山岳ステージはありませんでしたし、やはりロペスは強いと思うんですよ。ドーフィネ後のインタビューを有言実行しました。
単独エースに相応しい選手です。ユンボのアシストがここまで強固でなければもっと秒差を稼いでいる選手だと思います。今後もロペスには期待ですね。
それにしても、セップ・クスはもはやアシストとは言えないですね。
一日は完全にバッドデイで後ろに下がっていましたが、恐らくエースとして3週間グランツールでそこそこ戦えるのではないでしょうか。ブエルタ2019でも相当強い選手だと思いましたが、まさかここまでとは。
ユンボのアシストに関してはファンアールトが山岳をあそこまで牽引できることにも今大会は驚きましたし、クスとファンアールトの能力が完全に私の「予想以上」でした。
stage18
クイーンステージを終え尚もアルプスですが山頂ゴールではないこともあり、そこまで大きな展開はもうないだろうなと思っていたステージでした。
有り得るとしたら表彰台を狙うチームが早いタイミングでペースを上げて、偶々バッドデイの選手が落ちるかなという予想はしていました。
しかし、そんなちょっとした予想すら裏切られました。
前日に引き続き、バーレーン・マクラーレンが強力な逃げグループにカルーゾとビルバオを送り込む積極的な作戦を実行しました。
確かにコースプロフィール的にはペーシングよりも前待ち作戦の方が適切だなと思いましたが、まさかそれを決行・成功させるとは。
こういう所がランダ及びバーレーンを応援したくなる所以です。前日のステージに引き続いてファンが増えたのではないでしょうか??
前日と異なりそれに応えたランダのアタックは集団内の牽制もあり成功します。一時期は40秒近く後ろとの差をつけ、さらにはカルーゾ・ビルバオが前にいる状態で「これは決まったか?」と思いました。
しかし、ファンアールトの鬼引きによって見る見るうちに差を詰められ、結局は未舗装路区間の前でキャッチされました。この絶望感はSky最盛期に迫るものがあります。ただ、Skyであればそもそも前待ちを許さなかったでしょうが。
stage19
近年のツールでこの段階までマイヨ・ヴェール争いが続いていたステージは少なくとも私の記憶にはありません。(マシューズが獲った2017年は他とは離れていたはずです)
元々ジロ狙い+コロナで調整不足とはいえサガンがここまで苦しむというのは、後にも書きますがツール及びロードレース全体が次の時代に入ったのかなと思わざるを得ませんでした。
レース展開としてはまたベネットからポイントを奪おうとしたBORAによって忙しいものになり、先頭逃げ集団が牽制している際にまたもやヌルッとクラーウアナスンが抜け出して勝利しました。
何だあの芸術的なアタック。「ここしかない」という感じが凄いです。
デュムランが抜けて一時期はどうなるのかと思っていましたが、サンウェブは収穫が多いツールになりましたね。
stage20
いやいや。誰がこんな劇的決着を予想していたのでしょうか。
画面の前で叫んでしまいますよね。偶々実家に帰ってきていた妹に夜中うるさかったと言われました。
ポガチャルがログリッチを逆転し、マイヨ・ジョーヌを獲得しました。
いやいや、こんな事があっていいのでしょうか。
でもあったのです。間違いなくツールの歴史の1ページに残るステージとなりました。
これについては今後どのチームも分析を行っていくところであって、私も色々と言いたいことがあるのですが、私の注目ポイントを分かりやすくリストアップすると以下になります。
- TTが強くないとツールで勝つことはやはり難しい
- どこのチームも機材・スタッフの準備が凄かった
- ポガチャルの「体内パワーメーター」はどうなってるんだ??
- 決してログリッチが遅かった訳ではない
- 1級山岳クラスの山頂フィニッシュであればバイク交換を行った方が良いのでは?
- 登りタイムと全体タイムを見ると色々と面白い
今後ドキュメンタリーや様々なインタビューでこのTTについては色々と見えてくる部分があると思うのですが、このTTが新時代のグランツールTTの標準になるんだ(既にそうだ)という感じを個人的には受けました。
準備段階でかなりの見えない秒差が着いているため、資金や人員が潤沢でないチームのエースはそれだけで不利になってしまいます。そして簡単かつ確実に分単位の秒差を奪うことが出来るステージこそはTTなのです。
長くなるので全てに言及することはしませんが、ともかくポガチャルの走りは凄かったです。
この展開をポガチャル・UAEがある程度まで狙っていたとすれば……ユンボは残念ながら3週間、特にIneosが脱落してからのレース運びを間違えていたということになりますが、そんなの誰も分からないです。
まあ、私的にはランダがバーレーン・マクラーレンに入って弱点であるTTが改善していたので良かったです。また、エンリク・マスは結構TTが早いという情報が手に入りましたね。
stage21
サム・ベネットが勝利しました。移籍して、ここからようやくまた勢いに乗ってきそうですね。
文句なしのマイヨ・ヴェールです。
それにしても、観客が居ないパリというのは凄く異様な光景でしたね。その分普段では通らないようなルートが組み込まれていて面白かったですが。
ツール2020総括
「人生は予測不可能だ」ということを改めて教えてもらったツールとなりました。
開幕前にはユンボ対Ineosと言われていた戦いはベルナルの脱落により、ログリッチ対ポガチャルというスロベニア勢の戦いへと様相を変え、最後は圧倒的な個の力で大会最強チームをねじ伏せてしまいました。
最強エースが最強チームをねじ伏せるという展開は誰も予想していませんでした。しかも、その最強エースは去年のベルナルよりも若い21歳だったのです。
嘘つきました、一人だけこの結末を事前に予想していましたね。
JSPORTS解説の栗村修さんは7月時点でポガチャルの優勝と山岳・新人ジャージの獲得まで予言を当ててしまいました。いやー凄い。
「クリノート」とか揶揄されることもありますし、私自身も注目していた選手が栗村修さんに言及されるとヒヤッとしますが、ポガチャルが本物だと見抜いていたことは凄いです。
その栗村修さんは「ロードレースは人生だ」ということを仰りますが、まさにその通りです。
ステージ、レース外、表彰台……全てに違った人生の美しさが表現されているスポーツはロードレース以外に見たことがありません。例えばリッチーの3位というのもそれだけで感慨深いです。
今回のツールはコロナの影響でかなり変則的な開催となりましたが、それでも選手からの陽性者なしでパリへ辿り着くことが出来たというのも奇跡であり、人間の可能性を感じることが出来た点でも素晴らしいです。
「新時代」の息吹
また、ツール2020は「新時代」の息吹を感じざるを得ませんでした。
まず、今大会はポガチャルをはじめ若手の活躍が特に目立ちました。
総合敢闘賞を獲得したサンウェブのヒルシをはじめ、ファンアールト、セップ・クス、BORAのケムナ、EFのダニエル・マルティネス……25歳前後でも若い感じがする世界でそれ以下の年齢の選手の活躍が特に印象に残った大会でした。
そして、マイヨ・ヴェール争いでもあのサガンが全然中間ポイントを取ることが出来ない、Ineosもそれまでの絶対的な強さが見られないと、「絶対王者」が音を立てて崩れた大会でもありました。
今年のシーズンが始まった当初はエヴェネプールの活躍に代表される若手選手の台頭に私自身は懐疑的だったものの、「ああ、そういう時代なのか」と認めざるを得ませんでした。
やはり心情としてはベテラン選手やスポーツ選手として心・技・体がピークを迎える30歳前後の選手を応援してしまいたくなるのですが……もうそういう「時代」なんでしょうね。
今大会の「逃げ0」ステージの背後にあるレース強度の向上という事情も相まって、今年・来年あたりからはまた違う時代のロードレースになるんだと思いました。
レース展開は全体的に地味だったツール2020
そして最後にレース全体の感想になるのですが、劇的なクライマックスとは対照的に「3週間を通してツール2020は全体的に地味」という印象を受けたのは私だけでしょうか?
というのも、先に述べたように大会を通してリーダーチームであったユンボに対してチームとして対抗・攻撃を仕掛けようとしたのが第3週のバーレーンぐらいだったように、余りにも強力にユンボがレースをコントロールし過ぎたのだと思います。
一方で、最盛期のSkyも同じく強力なコントロールを行っていたのにも関わらずそのような印象を私は抱いたことがありませんでした。
それは多分Sky時代はSkyのエースが攻めの走りで大きなタイム差を取りに行く瞬間があったからだと思います。(フルームのダウンヒルアタックやGのぶっちぎりアタックは特に印象的です)
そして、そのタイムを完璧なコントロールで守り切ってTTで確定的なものにする。それがSky最盛期時代のやり口でした。
だからSky最盛期時代は「ジャージ獲得=優勝」であり、私もその印象で開幕前予想を行っていたのです。
今大会は第4ステージでログリッチがスプリント勝負を制したものの、「ボーナスタイム以外で差を大きく着けるステージ」がありませんでした。
(※ポガチャルに対して決定的な差を着けることが1ステージも実質的には出来なかったとも言える)
ログリッチ自らが大きく仕掛ける瞬間が無かったから地味な印象があるのでしょう。
これは恐らく「何故ログリッチがマイヨ・ジョーヌを逃したのか」ということにも繋がると思うのですが、相当ディフェンシブな戦いをユンボを含めたどのチームも行っていたのだと思います。
3週間満遍なく散りばめられた山岳と山頂フィニッシュがそういう空気を作り上げたのだと思いますが、結果として今年のレイアウトは意図されていたような展開を呼ばなかったと評価出来ると思います。
各エースは「最後のTTまでに○○秒」という風に逆算して走っていたと思います。ですので、ステージ順も大いに関係していると思います。今年は最後に1回だけTTだったのがそういう形にも出ています。
これが初日に1回だったら結果は当然変わっていたでしょう。
ともあれこれらは全て後付けです。今言えるのは、何かが変わってきたのだという新時代の息吹をようやく感じることが出来たということだけです。
今年はグランツールが予定通りに行けばまだあと2つあるので、それらを今までとは違う感覚で鑑賞しようと思います。
では、さよなら。