20代後半漫画家志望・フリーター時代の開幕と人生における取捨選択

残念ながら(?)私は来月の2021年8月からはフリーターとして多少働くことを選択しました。

漫画家志望、無職(26)の子供部屋おじさんです。

これはひとえに私の才能及び努力が足りないが故の顛末なのですが、いざ、また時間を直接賃金としてトレードする生活に戻る状況に直面して、そろそろ出来る事と出来ない事の選別をしないといけないなと思い始めました。

すなわち、風呂敷を畳み始めないといけないと、自分の人生という物語がまとまらないという現実が見えてきました。

これから数年、30歳の大台に突入するまでに、働きながら現実的な着地点を探していきます。

1年半の無職生活に一旦終止符を打ちフリーターへ

私が無職になったのは2020年の1月。そしてこの記事を書いているのが2021年の7月ですから、大体1年半の間、私は「無職」として生活を送っていたことになります。

その1年半の期間、幸か不幸か、世界的なCOVID-19(コロナ)の流行がほぼピッタリと重なったため、私が殆ど部屋で引きこもってパソコンと向かい合って過ごしていても特におかしな目で見られることがありませんでした。

また、ジムなどへも通う時間と体力の余裕がありました。さらにGotoなどで安くノビノビと旅行に行けたりなどもして、毎日息が詰まっていた社会人時代よりかは楽に過ごすことが出来ました。

しかし、そのような無職のメリットを享受する一方で、無職特有の生きづらさみたいなものも経験することになりました。

その一つに、「無職」というのはどれだけ本人がそれを気にしていなくても、どうしても居心地が悪くなる時があります。

例えば、アンケートの職業欄で当てはまる項目が「その他」と表記されていたり、外出先で社会人が前提であるように会話をされたり、そもそも「職業」という社会的ステータスが「無」なのですから、色々と信用が無い訳です。

誰も大きな声では言ってこないですが、無職というのは担い手として経済に参加していないのですから人間社会的には要らない訳です。生まれてきてしまったのにも関わらず。

それで私は基本的に楽しく無職をやっていたものの、そういうコンプレックスがボディーブローのように積み重なって、この1年半で長年の友人も失うことにもなりました。

それに、やはり単純にお金が無くなってきますよね。

私は寄生する実家があるだけぬくぬくでマシな部類ですが、それでも毎月の生活費や年金、保険等の金を払っていると、金が無くなってきます。散財はしていないのにも関わらず。

目減りする貯金、そして底が見えてくると如何に金に執着が薄い人間でも焦りますよ。所詮生物だから。

そこで焦らないのは、逆に才能があると思います。なんにせよ、出来る・続けられるということは向いていることではあるのです。(善い悪いはともかく。)

それで無職生活で一番私が実感したのは、「金を稼ぐことの難しさ」でした。

無職は、才能や能力がない故に金を稼ぐことが出来ず、「無職」なのです。

例えば、無職が所謂「フリーランス」として金を稼ぐには、社会では会社単位で行っていることを全て自分一人でやる必要があります。

すなわち、①営業して、②仕事(契約)を取ってきて、③成果物を仕上げて、④名前を売っていくというステップが必要で、そのステップはクラウドワークスなどのマッチングサイトでいくらか省略することも出来るのですが、基本的には構造は変わりません。

その代わりに責任も給料も時間も、全て自分で総取り出来るわけですが、まあ大変ですよね。

それに、基本的には会社勤めと仕組みは変わっていないので、私は無職になった当初からあまりこういう立場には憧れなかった訳です。それが出来るなら会社勤めでいいじゃないかと。

また「アフィリエイト」などの広告収入で生活費以上に稼ぐのには、とにかくアクセス数が必要です。

私も1年半の間にこうやってサイトにいくつか記事を上げているので分かるのですが、アクセス数というのはま~あ伸びません。

というか、記事が検索上位に来るかどうか・バズるかどうかというのがアクセス数の殆どですので、SEOに特化した記事を書きまくって、いつか検索数が増えるのを待つのが正解になってしまうのです。

それで、薬にも毒にもならない似たような内容のキュレーションサイトが検索上位にズラッと並んでいるのです。

あれは個人でやるには、ちょっとしんどいです。ですので、先述のクラウドワークスなどには、そういう「適当な数増し記事」の依頼が低報酬であったりします。

しかも、ブログ形式のみならず、Youtubeなどの動画コンテンツもちょっと今は過食気味ですよね。

切り抜き動画など、5chまとめブログみたいなものが流行り出している状況を考えると、コンテンツは成熟してしまっています。実際、私は飽きました。

それにGoogle様の匙加減一つなので、今儲けているYoutuberでもビクビクしてる印象です。

では、そういうシステム的な稼ぎ方が嫌な無職はどうすればよいのか、ということになるのですが、圧倒的な才能・能力があれば、そういう呪縛から逃げることが出来ます。

例えば、起業して社長になって手足となる奴隷を仕入れてくるとか、トレーダーとしてリスクを取りながら画面とにらめっこするとか、そういった類の中に漫画家とか小説家といった職業があるのです。

これで稼ぐのは当然ながら、難しいです。ライバルも多く、強く、本気です。

そして未熟で能力の低い私は、未だ漫画家としてはこの1年半を通して、同人販売を行って得た雀の涙ほどの収益しか稼いでいない訳です。

と、以上のように、もっともらしく言い訳してみたのですが、結局のところ私が無能故に稼げない。それだけの話なのです。

能無しは、自分の人生を誰かに委ねなければ金銭を得ることが出来ない。

それでアルバイトでもしてお金を稼がないといけない状況になりましたということです。今月は仕事を探していました。

人生における取捨選択・出来る事と出来ない事

それで、30歳になる手前ぐらいまでのあと数年間はアルバイトをしながらもう少し粘ってみようと思うのですが、現実問題として出来る事と出来ない事というのが途端に見えてくるのです。

まず第一に、私程度の才能・努力では正直、スピード・クオリティの面から雑誌で連載するような作家になるのは無理な気がしているのです。

だから、一つの基準としてそれを目指していくけれども、専業作家として作品を発表すること自体で生活が出来るようになることを将来のアテには出来ません。

ただ、私にとってそういう能力的な限界というのは些細な問題なのです。

なぜなら、私にとって最も重要なのは描きたいものを全て形に出来るかどうか。最初からこの1点なのです。

だから、私にとっての問題は能力的な限界はモチロンなのですが、それよりも時間的な制約の部分になります。

私が会社員を辞めて無職になった理由の一つに「週5で働きながら創作活動をするのは無理」という理由があるのですが、本質的にはそういうことです。

私は1年8か月の社会人生活の中で漫画31pも仕上げることが出来ませんでした。これは、肉体的・精神的にです。少なくとも、私は働くことが精一杯で休日も月曜から働くことで頭が支配されていました。

無職になって、確か漫画はこの1年半で150pほど仕上げました。時間が有り余っている割にはこのペースは遅すぎるのですが、それでも社会人の時より5倍も量描くことが出来ています。

では、フリーターとして週3日~4日働いて、どれだけのページを仕上げることが出来るのだろう?ということなのですが、描くスピードが徐々に上がってきているとはいえ、ここから1年で200p~250pぐらいではないだろうかと予想しています。

単行本1冊ぐらいです。

では、その次の年は?うーん、300pは描きたいなぁ。それでようやく、1日1pペースに近づいてきます。その時に私は28歳。

という風に、時間制約的に全然枚数を描けない未来が予想できます。よほどの覚醒をしない限り。

そうなると、人生における優先順位をそろそろつけなければなりません。何を捨てて、何を取るのか。何をしたいのか。

今、私はこうやって誰も読んでいないようなブログに色々と書きたいことや伝えておくべきだと思ったことを残していますが、これは果たして重要なのか。効果的なのか。

はたまた、別のブログでやってる「占い」に関する研究はどうするのか。あれは、今やりたくないけれども、60歳ぐらいからはやりたいことではあります。

noteに書いてある映画感想は、このブログで挙げるより検索の関係で読まれているので、負担にならない程度にやりたい。

そして、私の旅行や食べ物に関する情報なんて誰も必要としないだろう。

そういう風に、私があまりにも雑多な事に手を出し過ぎている為、自他共に忘れがちなのですが、私にとって一番優先すべき事項は「創作」これに尽きる訳で、金にもならないブログなど本当は関係ない訳です。

一応、このブログには私がこれまでの短い人生で得た経験と、読み切り形式の作品に関する話は最低限載せたい、それは意義あることだと考えているのですが、文章に割いている時間もないのかもしれないと思い始めました。

だから、今年に入ってブログを整理して行っています。

SNSも、以前精神にあまり良くない影響が出たので、極力使いたくないのです。それは全て「創作」という目標を失わないためです。

そして、その「創作」に関しても、そろそろ優先順位を付けねばいけない気がしてきました。

頭にある、どのアイデアやキャラクター、ストーリーを出さねばならないのか。どういう形にすべきなのか。

それは長編にしたい。20巻前後の長さになるような。何年かかるか分からないですが、それを描くためには読み切りでの練習・実験はもう一定の成果を挙げたい。

だから、今年で読み切り形式の作品は一旦終わりにしたいのです。読み切り形式の集大成を完成させて、それを出版社に見せに行く必要がある……。

以上のような文章を昨日から書いていたのですが、奇しくも今日、ジャンププラスで『ルックバック』という藤本タツキ先生の読み切りが公開されまして、

圧倒的な間の使い方と構成力を前に、一層、「何してるんだ……俺」と思いました。

ただ、『ワンス・アポンアタイム』を観ていたのにも関わらず、恥ずかしながらどこがオマージュだったのかは全然わからなかったんですけどね……(^^;

では、さよなら。

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